りさの活動

ifの世界に浸かりたい思ったときに読む話

risa

こんにちは、りさです!


さてさて、この夏休み盛り上がっている映画といえば

『鬼滅の刃 無限城編』。


興行収入も現時点(2025/8/26)で

歴代3位ということで

観に行ったよー!って方も多いかもしれませんね。



私も原作は全巻読んでいて、

当時わんわん泣いた記憶はあるのですが、

もう5年くらい前の話で

細かいところはほとんど忘れていました笑



でも、改めて映画を観て、

「やっぱりすごいな」と感じました。



作品自体の面白さはもちろん、

制作会社ユーフォテーブルの作画や

演出への力の入れ具合が圧巻で、

映像のクオリティだけでも鳥肌ものでした。



中でも今回、強く感じたのはやっぱり

猗窩座の存在感です。


正直、好きになる以外の選択肢がないんじゃないか、というくらい。

(というか、製作側もはや猗窩座ヒロインとして扱ってるね??作画も神すぎるし顔のバブみがエグい・・・)



年齢のせいなのか、

どうしても鬼の方に感情移入してしまうんです。。笑




炭治郎や煉獄さんって、

もう完全に「光属性」で、

あまりに眩しすぎるんですよね。


もちろん魅力的なんだけど、

そこに人間的な弱さや迷いを重ねるのはちょっぴり難しい。


むしろ鬼の方が、嫉妬や執着、

後悔や孤独といったドロドロした感情を抱えていて、

「ああ、分かるな」

と思える瞬間が多い。


鬼の方が人間味あるというか。


だからこそ、彼らの過去や選択には胸を打たれるし、

ifの世界を想像したくなってしまうんです。





例えば・・・

もし猗窩座が鬼にならず、

人間として大切な人たちと生きていたら?

童磨も謎の宗教団体で育たなければ?



原作を知っていても、

つい「もう一つの可能性」に思いを馳せてしまう。



ファンアートや二次創作の世界でも、

この〝if〟はすごく人気があります。



「もしもこのキャラが別の選択をしていたら」

「もしも違う未来があったら」

そんな甘美な想像をしてそこに浸かっていたい。



そんな感じ。


ちなみに、鬼滅の原作にも〝if〟が描かれていましたよね。



無限列車編では、

炭治郎たちが夢の中で

「もし家族が生きていたら」

「もし普通の生活を続けられたら」

という世界を見せられていました。


現実では叶わないけれど、

誰もが心のどこかで願ってしまう〝もう一つの人生〟。


あの描写にこそ、ifの残酷さと美しさを

感じた人も多いんじゃないでしょうか。




これって私たち自身の人生でも同じ。


「あの時もっと頑張っていれば」

「違う道を選んでいれば」

そんな風に、過去に「もしも」を重ねて

考えてしまうことってありませんか??





私は中学生の頃から

「戻ってやり直せたら漫画家になっていたんじゃないか」とか、

「小さい頃から運動をしていれば、もっとできたのに」とか、

勉強も「もっとやっていればいい学校に行けたのに」と思ったり。


そんな後悔を抱えてきました。



こんな風に過去の選択を悔やむ気持ちは

誰にでもあるのではないでしょうか。


ライブの中でまいこさんも

「今の思考のまま過去に戻れたら」

と言っていましたよね。



もしあの時こうしていれば。

そんな思いを繰り返すと、

気づかないうちに〝今〟の自分の行動まで

縛られてしまうんです。




「もしも」を考えすぎると、

頭の中がその世界に支配されてしまいます。

SNSのアルゴリズムみたいなものです。


よく見る投稿がタイムラインの一番上に並んでくるように、

「もしあの時…」という後悔も、

気づけば頭の最前列を占拠してしまう。




するとどうなるでしょうか。


目の前にあるはずの新しい挑戦や

選択肢が霞んで見えなくなり、

「後悔の投稿」ばかりが

繰り返しタイムラインに載ってくるんです。



過去を後悔している間に、

今や未来に使えるはずのエネルギーが

どんどん奪われていく。



本当は動き出したいのに、

「どうせ失敗するんじゃないか」

「意味があるのかな」

と考えすぎて、足がすくんでしまう。



やがて行動できないことすら、

自分を責める材料になっていく。


後悔は「ただの思い出」ではなく、

〝未来の可能性を狭めるもの〟。



だからこそ、

「後悔をタイムラインに載せない」

という意識が必要なんですよね。





じゃあどうすればいいのかっていう話なんですが、

答えは「未来から逆算する」ことです。


過去から未来を考えるのではなく、

未来から今を考えるということ。


たとえば1年後の理想の自分を思い描き、

それを過去形でノートに書くんです。



「私はこうなっていた」

「これを達成していた」と。


ここが具体的であればあるほどいいです。


映像としてイメージできるくらい。



そうすると、脳はそれを現実だと錯覚し、

今やるべき行動が自然と見えてきます。


私は、朝の時間にノートを書いているんですが、

そこでまず未来の自分を想像するんです。


そしてそれを現実のように感じながらスタートすると、

一日が全然違うんです。


これはすごくおすすめなので、

騙されたと思ってやってみてくださいね!





もちろん、過去を否定する必要はありません。


むしろ素材として活かすことが大事。


スポーツ選手だって怪我や挫折を糧にして

大きく飛躍する人がたくさんいますよね。



そう考えれば、やり直したいと思う過去も

「未来を作るために必要だった」

と言えるはずなんです。




私も「漫画家になりたかった」と

ずっと思っていました。


でも冷静に振り返ると、

私が本当に望んでいたのは

「漫画」という手段そのものではなく、

自分の思いや考えを作品を通して誰かに伝えたい

ということだったんです。


そこに気づけたのは、発信を始めたからでした。


発信もまた、文章や音声を通して誰かに想いを届けている。


それを受け取った人が何かを感じ、動き出してくれる。


その瞬間に、私が漫画で叶えたかったことは、

すでに別の形で叶っているんだと気づいたんです。



本質的には同じ。


描くのがイラストか、文章かの違いであって、

やっていることは「表現」であり「共有」。


「手段に縛られていた自分」から

「本質に目を向けられる自分」に切り替わったとき、

過去を悔やむ気持ちは自然と薄れていきました。



「あの時こうしていれば」と後悔していた時間が、

〝あの経験があったから今こうなっている〟

に置き換わったんです。




どんな選択も、どんな遠回りも、

未来を形づくる材料になる。



考え方を反転させるだけで、

後悔は前に進むためのエネルギーに変わります。



未来から逆算して今を生きることができれば、

「やり直したい」と過去に囚われる必要はなくなります。


むしろ、可能性をどんどん広げられる。


そんな風に過去と今と未来が一本に繋がったとき、

初めて人は「過去に戻らなくても大丈夫」

と心から思えるんじゃないかなと思います。




自分の可能性は、過去ではなく、これからの私がつくる。


今日もそんな意識で、一日を過ごしていきましょう!

about me
<ruby>左右田<rt>さうだ</rt></ruby>りさ
左右田さうだりさ
ブロガー
ブログコンサルタント。1つのブログで年収1400万円を稼いだ経験を元に、ブログの作り方を初心者から丁寧に指導。現在年商3000万円。短期間で大きな収益を生み出す「バズ×収益化メソッド」と、長期的にファンを増やしていくノウハウを掛け合わせた「ブログのツインタワー戦略」を考案し、多くの人にブログの魅力を伝えるべく活動中。
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